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静岡地方裁判所沼津支部 平成4年(ワ)13号 判決

主文

一  被告は、原告甲野太郎に対し、金二一六二万九九六六円及び内金一九六二万九九六六円に対する平成三年四月一〇日から、内金二〇〇万円に対する平成四年一月二六日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告甲野花子に対し、二一一四万七九二六円及び内金一九一四万七九二六円に対する平成三年四月一〇日から、内金二〇〇万円に対する平成四年一月二六日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、これを三分し、その一を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。

五  この判決は、第一及び第二項に限り、仮に執行することができる。

理由

【事実及び理由】

第一  原告らの請求

一  被告は、原告甲野太郎に対し、金三一九九万四〇五五円及び内金二九四九万四〇五五円に対する平成三年四月一〇日から、内金二五〇万円に対する平成四年一月二六日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告甲野花子に対し、金三一五一万二〇一五円及び内金二九〇一万二〇一五円に対する平成三年四月一〇日から、内金二五〇万円に対する平成四年一月二六日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  本件は、原告らの子が被告の経営する産婦人科診療所で出生後に死亡したため、原告らが被告に対し不法行為ないし債務不履行に基づき損害賠償を求めている事案である。

二  当事者間に争いのない事実

1 当事者

(一) 原告甲野太郎(以下「原告太郎」という。)は、亡甲野春子(以下「春子」という。)の父であり、原告甲野花子(以下「原告花子」という)は、春子の母である。

(二) 被告は、「安達産婦人科クリニック」(以下「被告診療所」という。)を経営している産婦人科医師である。

2 事実経過等

(一) 原告花子は、平成三年四月八日、出産のため、被告診療所に入院し、同日午後二時五五分、自然分娩で春子を出産した。

(二) 春子の出生後に、被告診療所の新井ちよみ看護婦(以下「新井看護婦」という。)から、原告らに対し、春子の育児方法に関して、「うつぶせ寝にするか、仰向け寝にするか、どっちにしますか。」との質問があり、原告らが判断をしかねて逡巡していると、同看護婦が「うつぶせ寝にしておきます。」と言って、春子をうつぶせ寝の体勢で新生児室に寝かせた。

(三) 春子は、うつぶせ寝の保育中に新生児室で死亡した。

(四) 被告作成の春子の死亡診断書には、死亡日時を同月一〇日午前三時七分、死因を窒息死とする旨の記載がなされている。

三  争点

1 春子の死亡時刻について

(一) 原告らの主張

春子は、平成三年四月九日午後九時の時点では、原告らによって生存を確認されているが、春子の遺体には、両側性死斑が発生していたところ、その腹部側に死斑があるのは、うつぶせ寝の状態で死亡してから二ないし三時間以上が経過していることによるものであり、背中側に死斑があるのは、仰向けにして六時間以上が経過していることによるものであるから、春子は、同日午後九時から翌一〇日午前一時三〇分までの間に、死亡したものである。

(二) 被告の主張

新生児の急死の場合には、死斑の発現が早い上、春子の検視時点における直腸内の温度から死亡時刻を推定すると、死亡推定時刻は、同月一〇日午前二時三〇分前後である。

2 春子の死因について

(一) 原告らの主張

春子の死因は、窒息死である。すなわち、(1) 医師作成の死亡診断書の記載については、その性質上、虚偽記載が許されないものであるところ、被告作成の死亡診断書には、春子の死亡の種類につき「外因死(その他及び不詳)」、直接の死因につき「窒息」と記載されており、この記載内容は正確であること、(2) 春子には生後異常がなく、その死因は乳幼児突然死症候群(SIDS)とはいえない上、同月九日まではその鼻の頭と左右の頬骨に表皮剥脱がなかったが、死亡当時、暗赤褐色の表皮剥脱が見られるので、うつぶせ寝の状態にあるとき、呼吸が苦しくなり、鼻が潰されたことによるものと判断されること、(3) 検視の結果においても、窒息死であると判断されていることに照らせば、春子の死因は窒息死であるというべきである。

(二) 被告の主張

春子の死因については、(1) 死亡後の解剖がなされなかったため、その死因の推定は不確実である上、被告は、原告らの要請もあって、死亡診断書に窒息死と記載したこと、(2) 春子に表皮剥脱があったかどうかは疑問であり、また、春子のために被告診療所で使用していたマットは硬いものであり、窒息死することは考えられないこと、(3) 春子がミルクにより窒息死した可能性がないことなどに照らすと、春子の死因は、乳幼児突然死症候群(SIDS)である。

3 被告の責任

(一) 原告らの主張

(1) 不法行為(民法七〇九条)

被告は、春子をうつぶせ寝の方法で保育していたのであるから、窒息の危険から守るため、頭部・顔面に当たる部分にはバスタオルのような可動柔軟物を固定しないまま敷くことがないようにすべきであり、また、春子を観察しやすい場所に寝かせて観察するとともに、常時観察して異常の有無を確認すべき義務を負っている。

ところが、被告は、春子の頭部部分には枕代わりにタオルを敷き、タオルはマットの圧力だけで固定させたのみで、安全ピンで固定しないままにした。また、被告診療所では、ナースセンターは新生児室の隣に設けられているが、新生児を監視する装置が取り付けられていない上、看護婦が立ち上がらなければ新生児を観察することができない構造になっていたため、ナースセンターからの監視活動が不十分である。さらに、被告診療所では、夜勤の看護婦が新生児に授乳などを行うのは、四時間に一回の割合である上、その間に仮眠することも許されていたものであり、常時新生児を観察していなかった。

(2) 不法行為(民法七一五条)

看護婦佐藤昌子(以下「佐藤看護婦」という。)は、被告に雇われていた准看護婦であり、春子が死亡した当日の夜勤担当者であるが、春子の異常や危険な兆候を早期に発見して、その生命・健康を守るべき義務を負っている。

ところが、佐藤看護婦は、平成三年四月九日夜勤に就いてから、同日午後六時以降翌一〇日の午前三時までの間、わずか三回しか春子を観察していない上、同月九日午後一一時ころ以降は、春子の異常に気付くまで観察を怠ったため、春子が窒息状態になっていることを見逃した。

(3) 債務不履行

原告らと被告との間で、平成三年四月八日、看護診療契約が締結されたところ、被告は、春子を観察・看護してその生命・身体の安全を確保すべき義務を負っている。

ところが、前記のとおり、右のような契約上の債務の履行を怠ったものである。

(二) 被告の主張

新生児をうつぶせ寝で保育することは、一般に承認されているところ、被告診療所では、うつぶせ寝を採用するに当たり、硬いマットを使うなどの措置を講じており、また、夜間の授乳時間を午後七時、同一一時、午前三時と定め、その際、観察をしていたものである。春子は、同月一〇日午前一時三〇分の時点で泣いていたが、異常はなく、同日午前三時の授乳のときに異常が発見されたものであるから、被告には義務違反がない。

4 原告らの損害

(一) 逸失利益

各一七〇一万二〇一五円

(二) 慰謝料 各一二〇〇万円

(三) 葬儀費(原告太郎)

四八万二〇四〇円

(四) 弁護士費用 各二五〇万円

第三  争点に対する判断

一  春子が死亡するに至る経緯などについて

前記争いのない事実に加え、《証拠略》によれば、次の事実が認められる。

1 春子の出生前の状況

原告花子は、平成二年七月三〇日、被告診療所で診察を受けたところ、妊娠していると診断され、同年九月三日、切迫流産のおそれにより被告診療所に入院して治療を受け、その結果、症状が改善されたので、同月九日、退院した。その後、原告花子にはこれといった異常もなく、順調に経過した。

2 春子の出生

原告花子は、平成三年四月八日午前七時ころ、陣痛があったので、同日午前八時一五分ころ、被告診療所に入院し、原告太郎の立会いの下に、同日午前二時五五分、春子を出産した。

春子は、出生当時、体重三二〇八グラム、身長五一センチ、頭囲三四センチ、胸囲三三・五センチであり、アプガースコアが、出生してから一分後には全身の色が悪いため八点であったが、五分後には九点に達した。

3 春子の出生後の状況

新井看護婦は、春子の出生直後、分娩室で、原告らに対し、「赤ちゃんをうつぶせ寝にしますか、仰向け寝にしますか。」と尋ねたところ、原告らが迷っていたので、うつぶせ寝を指導していた被告診療所では、父母が迷っているとき、あるいは、どちらでもよいと答えたときには、うつぶせ寝で保育する方針を採用していたので、「うつぶせ寝にします。」と言って、同日午後三時二〇分、春子を新生児室のコットに移し、うつぶせ寝にした。

4 春子の死亡時の状況など

春子は、出生後、哺乳力が良好であり、吐乳もなく、これといって異常は認められなかった。

被告診療所においては、新生児の夜間の授乳時を午後七時、同一一時、午前三時と決めており、当直看護婦が、授乳時だけでなく新生児室に出入りした際にも新生児の観察をしていた。

佐藤看護婦は、同月九日午後一一時ころ、春子に授乳をしたが、その際には異常が見られなかったが、翌一〇日午前二時四五分、授乳準備のため新生児室に入ったところ、うつぶせ状態で寝ていた春子の身体にチアノーゼが出ていたのを発見し、直ちに、仰向けにした上、足の裏を叩いたが、何ら反応がなかった。そこで、同看護婦は、春子の衣服のボタンを外し、聴診器を当てたが、心音がなく、自発呼吸もなかったので、被告診療所の三階で寝ていた被告に連絡した。

被告は、直ちに、二階の新生児室に下りて来て、春子の胸部に聴診器を当てたが、心音がなかったので、春子を分娩室に運んでインファントウォーマーに入れ、酸素を投与し、心臓マッサージを行ったが、結局、心臓がまったく動かず、同日午前三時七分、春子に対する蘇生術を断念した。なお、春子が寝ていたコットのベッドに敷かれていたシーツには唾液が付着し、シーツの上に敷かれていたタオルは唾液で浸潤していた。

5 春子の死亡後の状況

三島警察署の渡辺博雄警部補(以下「渡辺警部補」という。)らは、被告の申告により、同日午前九時三〇分から同日午前一〇時までの間、春子の検視をした。その結果、春子の死体は、全般的に強く硬直しており、顔、首、胸、腹、背中、大腿部には暗紫赤色で強度な死斑があり、直腸内の温度が約三〇度であったが、口腔内には吐物がなく、眼部には溢血点が認められなかった。

二  春子の死亡時間について

1(一) 前記認定のとおり、春子は、平成三年四月八日に出生して以来、うつぶせ寝の体勢で保育されていたが、同月一〇日午前二時四五分佐藤看護婦により異常が発見されてから仰向けに体位を変更されたこと、同日午前九時三〇分から同日午前一〇時までになされた検視時には、春子の死体は、全般的に強く硬直しており、顔、首、胸、腹、背中、大腿部には暗紫赤色で強度な死斑があったことが認められる。

(二) 鑑定人押田茂実作成の鑑定書及び同人の証言(以下、これらを一括して「押田鑑定」という。)によれば、同鑑定人は、春子には、検視時、死体の前面と後面にほぼ同程度の死斑が存在していたが、このように死体の前面だけでなく後面にも死斑が存在する場合を両側性死斑といわれていること、一般に、死後十分な死斑が生じない短時間のうちに体位を変更させると、新しい死斑が現れ、古い死斑が消滅するので、両側性死斑が出現するためには、体位を変更した時刻よりも前に死亡後数時間が経過していなければならず、かつ、死亡後に十分な時間が経過することが必要であることから判断した結果、春子の死亡時間は、春子の異常が発見されてうつぶせ状態から仰向け状態に体位を変更した時よりも数時間前であると推定している。

2 そうすると、春子は、佐藤看護婦により異常を発見されてうつぶせ状態から仰向け状態に体位を変更されたのが同日午前二時四五分であるから、それよりも数時間前に死亡したものと推定するのが相当である。

3 これに対し、被告は、新生児の急死の場合、死斑形成が早いので、春子の死亡時刻に関する押田鑑定の右推定は妥当しない上、死後の体温の変化から判断して、佐藤看護婦が春子の異常を発見するよりも数時間前には死亡しておらず、その死亡推定時刻は同日午前二時三〇分前後である旨主張し、証人佐藤昌子及び被告本人の各供述、死亡診断書、カルテ、看護記録(四七の3)、退院連絡書中には、春子の死亡時刻を同日午前三時七分とする旨の供述部分ないし記載部分があり、また、証人渡辺博雄の供述及び検視調書中には、死亡推定時刻を同日午前二時三〇分ころとする旨の供述部分ないし記載部分がある。

しかしながら、右供述部分ないし記載部分は、以下の理由により、いずれも採用できない。

(一) 前記認定のとおり、佐藤看護婦が、同日午前二時四五分に春子の異常に気付いた時には、既に心音がなく、自発呼吸もしていなかったものであるから、春子に対する蘇生術を断念した同日午前三時七分を死亡時刻と認定することはできない。

また、佐藤看護婦は、同日午前一時三〇分ころ、泣いていた春子のおむつを見たが、汚れがなかったと供述し、看護記録中にも同様の記載があるが、前記認定の春子の検視時における両側性死斑の出現に要する時間に照らすと、右供述部分ないし記載部分は信用できない(なお、右看護記録の同日午前一時三〇分以降の記載部分には、同日午前二時四五分時点欄に「全身チアノーゼあり」「蒼白」と、また、同日午前二時四八分時点欄には「全身蒼白」との各記載があり、記載内容自体をみても矛盾する記載のあることが認められる。)。

(二) 春子の場合、検視時の直腸の温度が約三〇度であったことは前記認定のとおりであり、《証拠略》によれば、同月九日午後六時の体温が三七度であったこと、死後の体温は、死亡から一〇時間経過するまでは毎時〇・五度ないし一度ずつ下がるのが通常であることが認められる。しかしながら、春子は、佐藤看護婦が異常を発見して分娩室に運ばれインファントウォーマーに収容されていたことは前記認定のとおりであり、また、《証拠略》によれば、春子は、同月一〇日午前六時ころ被告診療所に駆け付けた原告太郎の母親により厚着の着衣に着替えさせられたことが認められ、さらに、押田鑑定によれば、このような場合、死後の直腸内温度の降下が遅れたとしても不自然ではないし、また、直腸内の温度を一回測定しただけで死亡時刻を正確に推定することは難しいことが認められる。したがって、春子の検視当時の体温から、直ちにその死亡時刻を検視の七時間前であると推定することは相当でない。

(三) 検視を行った渡辺警部補は、春子の死斑、硬直状況などを基に、死亡時刻を同月一〇日午前二時三〇分と推定したというが、その根拠は、抽象的であって、ことに、両側性死斑の出現に要する時間については、何ら考慮に入れていないことが窺われ、そのまま採用することはできない。

三  死因について

1 《証拠略》を総合すれば、以下の事実が認められる。

(一) 被告診療所の新生児用ベッドは、コットの中に硬いマットを敷き、その上に防水シーツとシーツを重ねて置いてシーツをマットの裏側で縛り、さらに、嘔吐で汚れることを防止するための柔らかいタオルを敷き、皺にならないようにするためタオルをベッドに折り込んでいたが、タオルが皺になることがあり、これに気付いたときには、看護婦が、タオルを敷き直していた。

(二) 春子は、出生直後から、新生児室のベッドでうつぶせ状態で寝かされていたが、平成三年四月二日から被告診療所に出産のため入院していた乙山松子は、同月九日昼間、新生児室の中を見た際、春子が真下を向いて寝ていたので、看護婦に知らせたところ、看護婦が春子の顔を横に向けるようにした。さらに、原告らは、同日午後九時ころ、新生児室にいた春子を見た際、春子が顔を若干下に向けて泣いていたので、心配になり、翌日には仰向けにしてもらうよう申し入れをすることを考えていた。

(三) 佐藤看護婦は、同月一〇日午前二時四五分ころ、春子の異常に気付いたが、その際、春子は、うつぶせ寝にした場合顔を真横にする通常の状態と異なり、右斜め下を向きうつぶせ状態で寝ていた。

(四) 春子には、出生当時、顔面の発赤があり、同月八日午後六時には、前額部に点状の出血斑があり、同月九日午前九時には、顔面に引っ掻いた傷、前頭部、胸部及び上肢に発赤があり、同日午後六時には、前額部に点状の出血斑、前胸部、上肢及び顔面に発赤疹、後頚部及び背部に発赤があったが、検視時には、鼻尖部及び左右の頬は暗褐色となっていた。なお、口腔内には吐物がなかった。

(五) 被告は、春子の死亡後、原告らを分娩室に呼び入れた上、春子の死亡の原因について、自己の手で口を覆う仕種をしながら、「心不全も考えられるが、状況からみて窒息死である。」と説明した。さらに、その後、被告は、死亡診断書を作成し、その死亡の種類欄には「外因死(その他不詳)」に丸印を付け、死亡の原因欄には「窒息」、外因死の追加事項の手段及び状況欄には「うつぶせ寝保育中」と記載した。

(六) 被告は、春子の死体の検視を行った渡辺警部補に対し、春子の死因は窒素死である旨説明をした。

2 押田鑑定によれば、被告作成の死亡診断書に記載されている春子の死因を変更しなければならないような所見が存在しないこと、後記のとおり、春子の解剖がなされていない上、生後二日目に発生した死亡例については、その死因を乳幼児突然死症候群(SIDS)と認めることは医学上妥当でないこと、春子の死体の状況は、窒息死の際に見られる所見と矛盾しないし、検視時、春子の鼻には、息苦しさのため鼻を擦ったことによると思われる表皮剥脱が見られることを根拠に、春子の死因を窒息死と推定するのが妥当であると判断していることが認められる。

3 以上によれば、春子は、出生直後から、うつぶせ状態で寝かされていたものであるが、ベッドには可動性のある柔らかなタオルが敷かれており、そのタオルに顔面を押し付けたような状態で寝ていた状況が窺われ、春子の鼻には息苦しさのために鼻を擦ったことによるものと思われる表皮剥脱があり、タオルには唾液が浸潤していたこと、被告は、春子の死因をうつぶせ寝保育中の窒息死と判断しており、これを変更しなければならないような所見も存在しないこと、また、春子の口腔内には吐物がなかったことなどが認められ、これらの諸事情を総合すると、その死因は、顔面をベッドに敷かれていたタオルに押し付けたような状態で寝ていたことにより鼻口部を閉塞したため、窒息死するに至ったと推定するのが相当である。

4 これに対し、被告は、原告太郎とその父松太郎が春子の解剖に反対したために、解剖がなされていないから、死因の推定は不確実である上、原告太郎らの要請に従って、死亡診断書に「窒息」と記載したのであるから、このような記載をしたという一事をもってその死因を窒息死と認定することはできないこと、被告医院のベッドは硬いので、出生直後の新生児をうつぶせ寝にしても、頭を持ち上げたり首を左右に動かしたりすることができるので、窒息死することは通常考えられないこと、春子の死因は、広義の乳幼児突然死症候群(SIDS)に該当する旨主張するので、以下、この点について検討する。

(一) 被告は、春子の死亡後、原告太郎に対して死因を説明した際、「窒息の可能性があるが、それ以外の可能性もある。判定し兼ねる。解剖すると分かる。」旨話し、解剖の同意を得た上、解剖をしてくれる病院を探したところ、引受先がなく、このことを知った原告太郎が、解剖に反対するとともに、「原因不明では成仏できない。」と言って、死亡診断書に死因を窒息死とする旨強く要請したので、これに応じたという。しかしながら、被告が春子の死因につき不明である旨説明をしていたのであれば、うつぶせ寝による窒息死と考えていた原告太郎が、解剖に反対するというのは不自然であるし、また、春子が被告医院内で死亡したことで被告がこれを後ろめたく思っていたとしても、死因が不明であるのに、春子の死亡につき自己の責任を問われ兼ねないような窒息死を死因とする死亡診断書を作成したり、検視に当たった渡辺警部補に対しその死因を窒息死であると述べることは、通常考えられないところである。右諸点に照らせば、被告の前記供述は採用できない。

(二) 被告は、首が座っていない新生児であっても、うつぶせ寝にした場合、敷物が鼻口部分に当たって息苦しくなれば、首を左右に動かすことができるので、沈み込むような寝具ではなく、被告診療所のように硬いベッドを使用している限り、窒息死するようなことは考えられないという。被告診療所の新生児用のベッドは、コットの中に硬いマットを敷き、その上に防水シーツとシーツを重ねて置いてシーツをマットの裏側で縛り、さらに、嘔吐で汚れることを防止するための柔らかいタオルを敷き、タオルが皺にならないようにするためベッドに折り込んでいたことは前記認定のとおりであり、《証拠略》によれば、一般的には、うつぶせ寝の利点として、よく眠り、吐きにくいこと、運動神経機能が発達し、首の座りが早いことなどがあるので、うつぶせ寝を指導している病院などがあること、新生児をうつぶせ寝にしても、硬いベッドの上に寝かせた場合には、首を左右に動かすことができるので、鼻口が圧迫されて窒息死するということは起こりにくいが、柔らかい寝具では鼻口が塞がれるおそれがあるので、硬い寝具を使用して、周囲にはガーゼ・タオルなどを置かないようにしなければならないことが認められる。

しかしながら、被告診療所においては、ベッドの上に柔らかいタオルを敷いており、これまでにタオルが皺になることもあったこと、及び春子はときどき顔を下向きにして寝ていたことからすると、わずか生後二日目の首の座っていない春子のような新生児が、右のようなタオルに顔面を押し付けたような状態で寝ていた場合、呼吸の確保に困難を生じ、最終的に窒息死に至る可能性はこれを否定することはできないというべきである。したがって、うつぶせ寝にしたのが硬いベッドの上であったという一事をもって、このことから直ちに春子が窒息死することが考えられないと判断することは困難である。

(三) 被告は、春子の死因が、広義の乳幼児突然死症候群(SIDS)であると主張する。ところで、《証拠略》総合すれば、厚生省SIDS研究班は、乳幼児突然死症候群(SIDS)とは、それまでの健康状態及び既往歴からその死亡の予測ができず、しかも、死亡状況及び剖検によっても、その原因が不詳である乳幼児に突然の死をもたらした症候群をいうとし、剖検をしていない原因不明の乳幼児の急死すなわち広義の乳幼児突然死症候群を除外していること、また、乳幼児突然死症候群(SIDS)の発生時期は、一般的には、生後二週以降、早くても生後七日以降に発生するものとされていることが認められる。

右によれば、春子の場合、死後、剖検がなされていない上、生後二日目に死亡しているので、死因を乳幼児突然死症候群(SIDS)と判断することは相当でないというべきである。のみならず、春子の場合には、広義の乳幼児突然死症候群(SIDS)である剖検をしていない「原因不明の乳幼児」にも当たらないことは前記1ないし3にみたとおりである。

(四) 以上により、死因に関する被告の主張は採用できない。

四  被告の責任について

1 被告は、新生児をうつぶせの状態で寝かす方針を採っていたものであるところ、新生児が鼻口部を寝具などに顔を押し付けるようにして閉塞することがないようにするためには、ベッドの上に柔らかい可動性のある物を敷かないようにするとともに、春子のような出生直後の新生児の場合には、看護婦に新生児を綿密に観察させ異常の有無を早期に確認させるべき注意義務がある。

ところが、前記認定のとおり、被告は、春子をうつぶせ状態で寝かすに当たり、新生児室のベッドの上に柔らかいタオルを敷き、これをベッドに折り込む程度にしていたものである。また、被告は、看護婦に対し授乳時などに新生児を観察するよう指示していたことが窺われるが、春子が時折顔を下向きにして寝ていたことは前記認定のとおりであるところ、このことを知らされた看護婦がそれ以降春子の様子に注意を向けた形跡を窺うことはできないのみか、夜間の授乳は四時間ごとであり、当直看護婦がそれ以外にも新生児室に出入りした機会に観察をしていたとしても、この程度の観察では、新生児の異常を早期に発見することは困難な状況にあり、現に、佐藤看護婦は、授乳時などに春子を観察していたものの、後記のとおり、春子の異常に気付くまでの数時間の間放置し、その異常を発見しなかったものであるから、十分な観察体制を指示していたとはいえない。

したがって、被告については、右のような義務違反を免れることはできない。

2 さらに、当直看護婦は、春子のような出生直後の新生児については、その変化を観察して異常の有無を早期に確認すべき注意義務がある。

ところが、当直勤務をしていた佐藤看護婦は、春子に最後の授乳をした平成三年四月九日午後一一時を過ぎてから異常を発見した翌一〇日午前二時四五分までの間、何らの異常を気付いていないのであるから、この間においては春子を観察して異常の有無を早期に確認すべき注意義務を尽くしたとはいい難い。

3 そして、被告及び佐藤看護婦が以上に述べた注意義務を尽くせば春子の窒息死を防ぎ得た蓋然性があったというべきであるから、被告及び佐藤看護婦の右のような過失と春子の死亡との間には、相当因果関係があるものと認められる。

4 したがって、被告は、民法七〇九条あるいは佐藤看護婦の使用者として民法七一五条により、損害賠償責任を負うのが相当である。

五  原告らの損害について

1 逸失利益

(一) 春子は、出生二日後に死亡したものであるが、前記認定のとおり出生当時は異常がなかったことからみて、本件のような医療事故がなければ、通常は成熟児と同様に発達して成長するものと認められる。したがって、本件医療事故によって死亡しなければ、一八歳に達したときから六七歳に達するまでの四九年間就労可能であったものと推認され、その間少なくとも平成三年度賃金センサス第一巻第一表による産業計・企業規模計・女子労働者・学歴計の一八歳ないし一九歳の平均年収額一九三万九九〇〇円の収入を得たはずである。そこで、右金額から三割の生活費を控除して、ホフマン方式により死亡当時の逸失利益を算出すると、二二二九万五八五二円となる。

(計算式)

1、939、900×(1-0・3)×16・419

=22、295、852

(二) 原告らは、春子の父母であり、春子の死亡により、右損害賠償請求権を二分の一ずつ(一一一四万七九二六円)相続した。

2 慰謝料

原告らが春子の死亡により計り知れない精神的苦痛を受けたものであり、本件医療過誤の態様、死亡に至る経緯その他本件に現れた一切の事情を考慮すると、原告らの慰謝料としては、各自八〇〇万円が相当である。

3 葬儀費等

《証拠略》によれば、原告太郎は、春子の死亡により、葬儀費及び仏壇購入費等として合計四八万二〇四〇円を支出したことが認められ、これは春子の死亡と相当因果関係のある損害というべきである。

4 小計

そうすると、原告太郎の損害額は一九六二万九九六六円、原告花子の損害額は一九一四万七九二六円となる。

5 弁護士費用

本件訴訟の内容、訴訟遂行の態様、訴訟の経過、認容額等を考慮すると、原告らが、本件不法行為による損害として賠償を求め得る弁護士費用は、原告らにつき各二〇〇万円と認めるのが相当である。

六  結論

以上によれば、被告は、原告太郎に対し、金二一六二万九九六六円及び内金一九六二万九九六六円に対する平成三年四月一〇日から、内金二〇〇万円に対する平成四年一月二六日から各支払済みまで年五分の割合による遅延損害金を、原告花子に対し、金二一一四万七九二六円及び内金一九一四万七九二六円に対する平成三年四月一〇日から、内金二〇〇万円に対する平成四年一月二六日から各支払済みまで年五分の割合による遅延損害金をそれぞれ支払う義務があるものというべきである。

よって、原告らの本訴請求は、右の範囲内で理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 園田秀樹 裁判官 打越康雄 裁判官 小河原寧)

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